奈良放火 殺害を強く意識か

新聞とかテレビの報道しか知らない(知りようがない)ので、もしかしたら大変的外れになっているかもしれないと思いつつ、書いてみる。
事件の背景には成績をめぐっての父親との確執があったのではないかということがいわれているが、それでも今回の事件からは今のところ父親への憎しみというのは感じられない。少年は父親がいないことを知りつつ放火した。だからといって、血のつながらない母親や母親の違うきょうだいを憎んでいた、血がつながっていないから殺せた、とも思えない。父親の大事なものを奪おうとしたのではないかというコメントもあったが、それも違う気がする。だってそれならば、少年が自殺するという方法だってあったからだ(年が離れているとはいえきょうだいがいるのに少年に医者になることを期待していたのは、やはり父親にとって少年がそれなりに「大事」だったからじゃないか)。やっぱり少年は父親を殺したかったんじゃないかと思う。
父親のいない日を選んだのは、少年が父親に対してとてつもない恐怖を感じていたからじゃないだろうか。今回のような方法をとるのなら、父親が殺害を遂行する直接的な妨げにはならないはずだ。それでも、たとえグッスリ眠っていても、少年は父親が怖かったんじゃないか。そんな気がする。
けれども、もしもそうだとして、暴力の矛先が結局弱い方(弱いと認識された方)に向かってしまったのだとしたら,とっても切ない。


ところで、少年の「リセットしたかった」という言葉をやたら強調するマスコミ。単なる語彙の違いだと思うんだけど。