大佛次郎論壇賞選考委員コメントに違和感

12月13日の朝日新聞朝刊で、第6回大佛次郎論壇賞の奨励賞に本田由紀さんの「多元化する『能力』と日本社会」が選ばれたとのことで、何気なく選考委員コメントを読んでいたら、橘木俊詔氏(京都大教授)の次のようなコメントが。

これまでは学力、つまりメリトクラシーの下で人の能力が判断されてきたが、これからはコミュニケーション能力など勉強以外の能力が重要になると主張し、説得力がある。このためには母親の役割の見直しが必要と述べるが、3歳児神話や母性の尊さを否定してきたフェミニストの反応が知りたいものである。

・・・何だコレ。別に後半の「フェミニスト云々」にムカついたというわけではなく(いや、それも全くないわけではないかもしれないが)、なんだかこれだとコミュニケーション能力なんかを重視する状況を無条件に肯定した上で、その力をつけましょう、と本田さんが主張しているかのように読めてしまう気がするのだが、本田さんってそんなこという人だっけ? 実は本田さんの論考は「『ニート』って言うな!」の他は、ブログとインタビュー記事しか拝読したことがなくて、この本も未読なのだが、むしろそういう状況には批判的だと思っていたのですごく違和感が。
そこで星野学記者による紹介文を読んでみると、

(前略)「閉じた努力」から、状況に即応して自分の目標を選ぶ「開かれた努力」へ。学んで身につくというより環境に左右されがちで、ものを言うのは家庭教育。現状では母親に重圧がかかる。
「家庭教育は時間やお金をどこまで負担できるかで自然に差が出る。現状の格差が再生産されるか、さらに広がるだけ」
解決の鍵はむしろ、学校教育の専門性を高めることにあるとみる。(後略)

カッコ外の部分は星野記者によるものなので、こちらの方が誤読という可能性もあるのだが、でもやっぱりこっちの方がしっくりくるよなあ。まあ、自分で読んで確認せい、ということですな。
しかし橘木さんって、調べてみたら男女共同参画会議の委員なんですね。原ひろ子さんあたりと何かあったのであろうか(まあこのコメントだけだといまいち立場が分かりかねるけど)。