理想化と侮蔑と

武道の必修化に関してのid:opemuさんのエントリ。


opeblo  必修化ドリームと臭さについて

この手の論議を見ていると、若者に期待しているのか、それとも失望しているのか、どちらか分からなくなりますね。最近の若者に対して深く嘆いている様にも見えるのに、何かしらを必修化した程度で若者達が変わると期待している。

この部分を読んで、ふとgegengaさんのエントリが頭に浮かんだ。


かめ? 「女」ですもの!


実際、相手が女だというだけで、高圧的な態度に出ていいとか、イチャモンつけていいとか、勝手に触ってもいいとか考えちゃってるとしか思えない男性というのはいるものです。
で、これは全くの印象論なんですが、そういえば「自分は女の人を尊敬している」とか「女性は素晴らしい」とか言いつつ、その実女をバカにしているとしか思えない人っているよなあと思うわけです。「日本の女性の上品さや辛抱強さが世界的に評価されていた」とかなんとか言いつつ男女共同参画を快く思っていないらしい元市議さんとか。美人で仕事ができて、そのくせフェミ臭いことは言わないうちの女性上司は素晴らしい(言外に「そのくせフェミ女は・・・」というのがありあり)てなことを言う人もいたし、うろ覚えだけど、小林よしのりも「沈黙を守っている日本人元慰安婦は偉い。誇りに思う」みたいなことを言ってたような気がするし。あと、渡辺淳一のヒロインの描き方に感じる気持ち悪さなんかもそこから来ているのだろうか。
そうやって考えてみると、侮蔑と理想化というのはセットになっている場合が多いのではないかという気がしてきました*1。理想が高過ぎて「現実の若者(女)はなっとらん!」と思うのか、「現実の若者(女)は酷い」と思っているから「俺が教育してやる!」的な考えであり得ない理想像を描いてしまうのか、その辺はよく分かりませんが。おそらくは両方か?
しかし、「最近の若者は空想と現実の区別がつかない」的な批判はよく目にするのですが、「ちょっと武道に触れたぐらいで『日本の伝統』に目覚めちゃって礼節をわきまえるようになる若者」とか「どんなにひどい仕打ちを受けても憎まず恨まず笑顔で自分に尽くしてくれる女性」が実際にいると思ってて、さらに政策とか教育によってそれが増えると考えちゃってるような「妄想と現実の区別がつかない」人の方がよっぽどタチが悪いような気がします。

*1:そういえば、「福祉は大事、崇高な仕事」といいつつ「ボランティアで」とかいうのもこれに近いのかな、と思ったり。「偉いわあ〜、私にはできないわあ〜pgr」みたいな。