<プロレスラー>三沢光晴さん死亡 試合中倒れる 広島

ご冥福をお祈りいたします・・・。

私は兄の影響で小学校低学年ぐらいからプロレスを観ておりまして。ただ、地域的な事情により当時は新日本プロレスしか観ることができませんでして。
そんなわけで私のプロレス観戦の原型は親日なのでありまして、全日を観るようになったのは東京の大学に入ってからでありました。なので全日に対する思い入れは親日に対すれば小さいんですけれども、今回のニュースはやはりショックでありました。

しかも実は、明日(もう今日)はノアの試合が福岡で行われる日だったんですよね・・・。
今日(もう昨日)たまたまバスの中から、ドラゴンゲートのポスター(ほぼ年中貼ってある)の横に貼ってあったノアのポスターを見て、「ああ、明日来るんだねえ」「一度観に行ってもいいかもねえ」などと話していたところでして・・・。

決して三沢は好きな選手だったわけではありません。いや、むしろ嫌いな選手であったと言ってもよいかもしれません。技の美しさと合理性にこだわり尽くしたような初代タイガーを観ていた人間としては、三沢の不格好なムササビボディプレスなんか許せないものがありましたし(しかも日テレのアナウンサーが「華麗」などと持ち上げるのがさらに嫌だった)、親日の「とりあえずあんたのメイン技すべて受けまっせーっ!」的な親日を愛していたものとしては、全日のガチンコ的なプロレスになじめないでおりました(国会議員になった馳ぴょんが三沢とシングル対戦したときがありまして、「おいおい、大丈夫かよ」という心配をよそに、三沢の右腕を執拗に攻め続けていい具合に試合を持っていった馳ぴょんをさらによそに、終盤ガッツンガッツンエルボーで脳しんとう状態にして勝っちゃった三沢に「んもーーーー!」という思いを抱いたりもしました)。

思えばプロレスラーのリング上での死に遭遇したたのは、プラム麻里子さんの死が初めてでありました。、実はプラム麻里子さんが動いている姿をそれまでみたことはなかったのですが、それでも高校時代に時々買っていたプロレス雑誌で、サムボの有段者であり、非常に多彩な関節技を繰り出すというプラム麻里子は、当時華やかな選手より地味目な選手が好きだった私(越中ファンでしたから)にとって気になる存在でした。なので彼女の訃報に接したときもかなりショックだったので、今回のみ三沢選手の訃報は本当に胸に迫るものがありました。
プロレスラーだからリング上で死ねたのはある意味幸せだったかも?という思いも一瞬、ほんの一瞬よぎらないではありませんでしたが、やはりそれはないなと。むしろ50、60までやる人がいるプロレスだから、三沢ももっともっとやっていたかっただろうなと。だから、だからこそ他のプロレスラーの皆さんには今後さらに頑張ってほしい。

本当に、本当にご冥福をお祈りします。
むこうで、先に逝ってしまわれた選手の皆さんと、また楽しく試合をされるとよいなと思います。